水の作る複雑な結晶構造

water research abstract 講演

(2018年12月18•19日 第23回準結晶研究会の予稿)

氷の結晶構造はこれまでに17種類が実際に作成されており、そのうち5つは今世紀に入ってからの発見である。今後も新しい氷はいくつか発見されるはずだが、それには理論による予測が大きな役割を果たすと期待される。実際、2001年に予測された中空クラスレートハイドレートII型は、ネオンハイドレートを液体窒素温度で真空脱気することで2014年にようやく合成され、氷XVIと名付けられた。氷XVIは、通常の氷Ihよりも密度が低い氷で、史上最も巨大な単位胞(Z=136)を持つ。(1)

理論による結晶構造予測には、高精度な力場が欠かせない。水の力場はこれまでに100種類以上が提案されているが、特定の温度・圧力範囲で、特定の物性を再現するようにデザインされたものがほとんどで、相図を大域的に再現できるものはわずかである。JorgensenらによるTIP4Pモデル、およびそれから派生したTIP4P/2005, TIP4P/Iceモデルは、10 GPa以下の広い温度圧力範囲の相図をほぼ正確に再現できる一方で、同じく派生モデルであるTIP4P/EwやTIP5Pは相図の再現性が低い。(2)

氷XVIは負圧で最安定になると予測されており、自発的に形成させる方法は不明である。自発形成する、最も単位胞が大きい氷は氷Vで、Z=28である。直感的には、このように複雑な単位胞を持つ氷が形成するには、通常の氷Ih(Z=4)よりも時間がかかりそうに思えるが、結晶構造の複雑さの尺度や、複雑さと形成速度の関係はまだ不明である。

我々は、高圧で液体から氷結晶が形成する過程を詳しく調べるために、TIP4P/2005モデルを用いて高圧でのシミュレーションを多数実施した。その結果、氷VIと氷VIIと液体の三重点付近で、新たな高圧氷を3種類発見した。氷R, T, T2と仮に名付けられたこれらの氷の単位胞はそれぞれZ=21, 72, 152で、いずれも液相から自発的にすみやかに核生成する。(3) 特に、氷T2の単位胞は、シミュレーションによって自発的に形成され同定された結晶構造としては最大と思われる。水のような単純な分子の形に、こんな複雑な結晶構造がどうやってエンコードされているのだろうか。(4) 水は、さらに複雑な結晶構造を作れるのだろうか。

実験では、この三重点付近で新たな結晶氷の報告はないが、TIP4P/2005以外の力場を用いてもこれらの結晶が生じることが確認できた。このような相が出現することは、水分子の力場の限界を示す一方で、安定相のすぐ近くに、多数の準安定相が隠れていることを示唆する。水分子がどうやって正しい結晶構造に至るのか、そして我々は未知の結晶構造を見逃がさずに同定できるのか、など課題は山積している。

  1. V.I. Kosyakov and V.A. Shestakov, Dokl. Phys. Chem. 376, 49 (2001); A. Falenty, T.C. Hansen, T.C. W.F. Kuhs, Nature 516, 231 (2014).
  2. J.L.F. Abascal and C. Vega, J. Chem. Phys. 123, 234505 (2005).
  3. MHM2014 HYMT2017 YMT2018
  4. E. Brini et al., Chem. Rev. 117, 12385 (2017).

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