雑記

燃料電池車の時代は来ないII

日経のECO JAPANという特集記事に清水和夫氏が燃料電池車について寄稿しているのだが・・・

  • http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/column/shimizu/080916_fchv/ 水素自動車は走りはじめるかでも紹介したが、彼は主観で提灯記事を書いているだけで、全く説得力がない。こんな記事を一面トップに掲載するECO JAPANの見識自体を疑ってしまう。言葉の端々の揚げ足を取るのは気がすすまないが、いきなり車のデザインのよしあしから議論が始まる点や、「エンジンブレーキ」のくだりや、700気圧の妥当性についての議論、燃料電池車とEVとの棲み分けに関する憶測だけの記述、自動車のエネルギー効率の悪さを知らずにエコを語る姿勢、燃料電池車に魅力を感じた理由が「ほとんど同じ時期にトヨタとメルセデスが燃料電池車こそ未来の自動車という強いメッセージを出し始めたから」というくだり。トヨタの公式発表以外の情報がない上に、清水氏の直感と思いこみだけの記述ばかりで、書かないほうが清水氏のためにも良いと思える。

バッテリーが改良されれば回生ブレーキが効くようになるというが、バッテリーが改良されれば燃料電池を車載する必要はないのではないか? バッテリーに回収しなくても放電したらブレーキとしての機能は持たせられるはずだがなぜそうしないのか? 水素を700気圧に圧縮するためのエネルギーはどこから得るのか? 金属に吸収されやすい水素をそんなに高圧にして、耐久性は大丈夫か? 実現までに越えるべきハードルのうち何割を越え、あと何割が残っているのか? つっこみどころはたくさんある。そういったことが明らかでないのに、なぜ燃料電池車の明るい未来が期待できるのかさっぱりわからない。

清水氏の好きな、大排気量自動車の趣味と、燃料電池車をはじめとするecoカーのめざす方向は全く逆である、また、前者は感性の世界だが、後者は、厳密に数値化できる科学技術のテリトリーにある。技術を感性や直感で語れば語るほど、空疎に聞こえる。客観的な批評ができないなら、ecoファンあるいは燃料電池応援団を自称したほうが良い。

燃料電池車の未来を(感性ではなく論理で)語るなら、安井氏のhttp://www.yasuienv.net/HydrogenTerminated.htm に反論できるだけの客観的データを示してからにしてほしい。清水氏が未来の車の方向性を語るなら、燃料電池よりも車体軽量化の技術のほうが向いていると私は思っている。

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