aeroice

私達は,水の相図をよく世界地図に例えます.温度を横軸に,圧力を縦軸にして,その条件で一番安定な水の状態を示すと,そこには大きな大陸(氷)と大洋(水と水蒸気)があり,大陸は無数の国境で分割されています.

図1 青が大陸(氷),緑と橙が大洋(水と水蒸気).Wikipediaより引用.

それぞれの国には番号が付いていて,私達は1気圧l(1 bar),0℃あたりを支配している第1国(氷Ih,、「こおりいちえいち」)の領内に住んでいます.国1から,海岸に沿って北に約二千気圧(南北に移動すると圧力が変化します!)進むと,第3国(氷III)との国境にたどりつきます.この世界では,第1国から遠く離れた地に行くのは大変困難です.

この地図の縦軸(圧力)は,密度の変化でもあります.南から北に向かうに従い,氷の密度はどんどん高くなります.氷Ihの密度は0.92 g/cm3ですが,最も高密度な氷は1.6 g/cm3以上にもなります.逆に,南に向かうと,もっと密度の低い氷もあるはずですが,南はほとんど調査が進展していません.

昔の世界地図と同じように,この地図は厳密に正しいかどうかあやしいところがあります.特に,四辺に近いあたりには人類未踏の地が残されているようです.この世界にはGPS衛星はないので,世界中を同じ精度でくまなく走査する方法はなく,辺境の国境を確かめるためには,実際にその場所まで行って確かめるしか方法はありません.

コンピュータシミュレーションは,飛行機のようなものです.飛行機を使えば,世界の形を安全に速く調査できます.

私達はこの飛行機を使って,南の果てにある,未知の大陸の調査を試みました.この大陸は、上の地図には描かれていません。

ある冒険家,Falenty博士が,とても独創的な実験手法を考案して,未知の大陸を踏査(実験による調査)し,第16国(氷XVI)を発見しました.2014年のことです.

第16国が踏査されるより前に,Kosyakov博士による飛行機での事前調査で,第16国はすでに予測されていました.南の大陸を踏査するのはとてつもなく難しいので,飛行機(コンピュータシミュレーション)による調査は不可欠でした.

別の冒険家,Huang博士は飛行機により,さらに2つの国があることをつきとめました.どうも南の大陸にはたくさんの国があるらしいことがわかってきました.これが,私達の調査の直前までの状況です.

私達は調査にあたり,小さな国々を見落すことがないように,事前に「ありそうな国の地図」を準備しました.ゼオライト(沸石)と呼ばれる物質の構造は氷の結晶と共通性があるので,ゼオライトの結晶構造データベースをもとに,この地図を作成しました.ゼオライトには200種類以上の構造が知られていて,これらを氷の構造に変換すると,密度0.5~0.9 g/cm3の広い範囲をカバーします.この調査により,ゼオライトITTの結晶構造を持つ氷が,Huang博士の発見した氷よりもさらに安定であることがわかりました.

しかし,密度0.5 g/cm3以下の世界は,この方法では調査できません.

そこで,私達は,ゼオライトの構造を参考にして,よりすきまの大きな,密度の低い氷を自らデザインすることにしました.ゼオライトの結晶構造は,多面体のブロックの組みあわせでできています.だから,ブロックを増やすことで,現実には存在しない,もっとすきまの大きな構造も簡単に組み立てることができます.これを,エアロアイス(aeroice)と名付けました.エアロアイスの密度は0~0.5 g/cm3の範囲で自由に設定でき,コンピュータシミュレーションによってその物性も予測できます.その結果,多種多様のエアロアイスが安定に存在しうることが明らかになりました.

これまで,南の大陸は断片的に調査されていただけでしたが,私達の研究により,その大陸がいかに大きく,たくさんの国からできているかがわかってきました.このことは,今後,実際に踏査(実験による調査)を行う時の大きな助けとなるはずです.また,低密度な氷が,高密度な氷に負けず劣らず多様な構造を持ちうることもわかりました.これらの知見は,カーボンナノチューブや,ゼオライトや,多孔質シリカや,生体分子のすきまにある水が形成する構造を理解し,その物性を予測するのに有用だと考えられます.

図2 新しく発見された、ゼオライトITT類似の構造を持つ氷(左)と、エアロアイス(右)の結晶構造。幾何構造がわかりやすいように、氷の構造をいくつかの多面体に分割して表現した。水分子は描いていない。小さな正方形と六角形はそれぞれ4個、6個の水分子から構成される。

論文

MHYMT2017

water research aeroice

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