水素結合の特徴

雑記 research water

大学の化学では、5種類の相互作用を習います。それらは、3つの強い相互作用(共有結合、金属結合、イオン結合)と、弱い相互作用(水素結合とファンデルワールス力)に分類されます。

この5つの相互作用のなかで、水素結合はどのような位置付けなのでしょうか。水素結合はイオン結合や共有結合の弱いバージョンにすぎないと考えても構わないのか、それとも水素結合特有の特徴があるのか、どちらだと思いますか?

私は後者だと考えています。その理由をこれから説明します。

まず、5種類の相互作用を、2つの基準で分類します。1つめは、結合が指向性を持っているかどうか、2つめは、結合が極性を持っているか、です。

金属結合やイオン結合、ファンデルワールス力は指向性が弱い相互作用と言えます。指向性の弱い結合の場合、単純に配位数が増えるほど相互作用エネルギーをかせげるので、一般に配位数が多くなります。典型的な金属では8配位~12配位になります。一方、共有結合と水素結合は指向性が強い結合です。炭水化物が非常にたくさんの同素体を作れるのも、結合に指向性が強く、同じ原子の組みあわせでも、異なるトポロジーやキラリティの分子がいくつも作れるせいです。

一方、極性に関していえば、イオン結合と水素結合には明確な極性がありますが、共有結合やファンデルワールス力、金属結合には極性はありません。同じ極性をもつイオンや水素結合サイト同士は静電気力で反発しあうために結合を作ることができず、正の極性を持つ部位の近くには負の極性をもつ部位がいつも近付こうとします。

これらを見比べると、結合に指向性と極性をあわせもつのは、水素結合だけであることがわかります。

水素結合が両方の特徴をあわせもつことは、水の性質を理解する上でももちろん重要ですが、生体分子が機能する上でとてつもなく重要な意味を持っています。

DNAが、正しい塩基同士で対を作り、間違った相手とは対を作れないおかげで、生物は正しくDNAの転写を行い、遺伝情報を子孫に間違いなく伝えることができるわけですが、この正しい相手としか結合できない、つまり結合相手を認識する機能を実現するために、水素結合の指向性と極性が利用されているのです。

4種類の塩基は、それぞれ2もしくは3点の水素結合を作れるようになっています。塩基の中に、正に帯電した原子と負に帯電した原子が2個または3個あるわけです。

DNAの2つの鎖はどちらも塩基の並びでできていて、その並び順には向きがあります。片方の鎖の、上端が3末端であれば、もう一方の鎖は、下が3末端にならなければなりません。分子の形状だけ見ると、2本の鎖が、両方とも上が3末端になるように巻きつくこともできそうに思えますが、その場合には、どんな塩基の組みあわせにしても水素結合がうまく作れないように、4種の塩基の水素結合は巧妙にデザインされています。

ある塩基の、水素結合部位の極性を0と1(1が水素結合を供与する側)で表すことにすると、A,T,G,Cはそれぞれ10、01、011、001と表記できます。Aのビット列を前後反転し、さらにビット反転すると、Tのビット列になります。逆も同様です。また、Gのビット列も、同じように二重反転するとCのビット列に変換できます。

正しい相手と対向した場合には安定な水素結合を最大数作れるけれど、間違った組み合わせでは水素結合が足りなくなってしまうように、塩基間の水素結合は極めて巧妙にデザインされています。言わば天然のエラー検出符号化です。

これと同じことを行うためには、結合が指向性と極性をあわせもつ必要があります。強い結合でも、もう少し複雑なカップリングをデザインすれば同等のことは可能かもしれませんが、遺伝情報を運搬する分子を強い結合でつないでしまったら、その結合を切り離して、コピーを作るのはとても難しくなるでしょうね。DNAの場合には、切れては困る結合には共有結合を使い、エラー検出が必要でひんぱんにつけはずしが必要な結合には水素結合を利用しています。進化がもたらした巧妙なしかけには驚くばかりです。

太古の昔から、つい前世紀まで、人類は強い結合をつけはずしすることで、新しい素材を作ってきました。青銅器や鉄器の時代から、シリコン半導体や有機化学に至るまで、強い結合を制御することに、人類はほとんどの努力を向けてきました。強い結合を作ることで大きなエネルギーを生みだすこともできますが、逆に強い結合を切断するためには大きなエネルギーを投入する必要があります。

一方、生物は、できるだけ水素結合をうまく活用するように進化してきました。もし、私達の細胞の中の遺伝情報が、共有結合を使って分子に刻みこまれていたなら、私達の体温はもっとずっと高くないといけなかったでしょう。水素結合と水の組みあわせを利用することで、外気温より少し高い体温で(あるいは外気温と同じ体温で)生物は活動できます。21世紀の科学では、人間も生物にならい、水素結合を活用して、小さなエネルギーで大きな機能を生みだせる技術を追究することになるのだろうと思います。

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