液体の水の秩序

water vitrite

液体の水に秩序がある、といってもピンとこないかもしれません。秩序を説明するよりは、無秩序を説明したほうがわかりやすいのでまずそちらから。

液体の中は、分子がぎっしりとつまっています。液体の中での、分子のつまり具合は、結晶の中での分子のつまり具合と同じ程度ですが、液体と結晶では、分子の並び方が全然違います。結晶の中では、分子が等間隔に整列していますが、液体の中の分子はめいめいがばらばらの方向を向き、分子の間隔もまちまちです。

これは次のように言いかえることもできます。結晶の中では、ある分子の位置がわかると、となりの分子、その隣の分子、…の場所も(結晶構造を知っていれば)すぐにわかります。これに対し、液体の中では、ある分子の位置からみて、隣の分子の位置は、だいたいこのあたり、ということしか言えません。さらに隣の分子の場所は非常に不確実になります。このような状態を無秩序と呼びます。

では液体の水の中で、水分子はどんな風に配置しているかというと、結晶のような秩序はもちろんありませんが、さりとて無秩序でもないのです。例えば、ひとつの水分子のまわりにはおおよそ4つの水分子が隣接していて、それらはほぼ正四面体の頂点の方向にあることがわかっています。つまり、ある水分子の隣にある一分子の場所がわかれば、残りの3つの隣接分子の位置もそれなりに限定されます。これは一種の秩序と呼んでさしつかえありません。このような、隣の分子の位置が予想できる状態を短距離秩序と呼びます。

温度が低くなるほど、水が正四面体型配置をとろうとする傾向は強くなり、その結果水は4度以下で、低温になるほど膨張しはじめます。この膨張は、まさに水の分子配置が秩序化するのを反映しているのです。結晶化をおこさないように0度以下に慎重に冷やしつづける(過冷却)と、この秩序化はどんどん加速しますが、最後には最も秩序の高い構造=氷に至るのでしょうか?

そうではないのです。水を過冷却しつつけると、理論的には、長距離秩序(結晶のような周期的構造)は作らないままに、ガラス状態になります。(→アモルファス氷水は4℃以下で膨張する)この状態では、ほぼすべての水分子が、歪みのない正四面体型配置になっているので、ある分子を起点として、その隣の分子からさらに隣の分子へたどっていくと、かなり遠くまで分子の位置を予想できます。このような、隣りの隣り、あるいはその隣りあたりまでは秩序があるが、結晶のような無限の周期構造は持たない状態を中距離秩序と呼びます。

短距離秩序は、隣の分子の配置を見れば直感的に理解できます。長距離秩序は、周期性に着目すれば容易に理解することができます。しかし、中距離秩序は、どうやって見付けだし、どうやって説明すればいいかがまだよくわかっていません。実験では、長距離と短距離の秩序は直接観測できますが、中距離秩序は観測できません。中距離秩序が異なる2つの構造を比較すると、たいてい短距離秩序も異なるので、構造が違うことは実験的に知ることができますが、中距離秩序そのものを知るには現在の実験技術はまだ不十分です。

一方、シミュレーションであれば、分子の配置を詳細に解析し、どのような秩序があるかを直接調べることが可能です。私達は、低温の水(氷)に存在する中距離秩序を説明する道具として、フラグメント(vitrite)という、10分子程度からなる構造単位を提唱しています。結晶は1~2種類のフラグメントが規則的に並んで空間を埋めつくした構造とみなすことができます。驚くべきことに、過冷却の水(あるいは低密度アモルファス氷)の構造も、フラグメントの組みあわせ(ただし種類は氷の場合よりもかなり多い)で作れるらしいことがわかりました。

図: 過冷却水に典型的に見られる、フラグメントの凝集構造。頂点は水分子の位置を、円柱は水素結合を、色は異なる種類のフラグメントを表す。中心の水分子は7種類のフラグメントによって囲まれている。

一見ランダムに見える液体の水の分子配置の中には、これまで見逃されていたルールが存在し、実はあまりランダムではなかったということになります。構造に規則性があることが、分子運動にも影響している可能性は高いと考えられますので、これまで知られている多数の水の特異な物性、あるいは界面や生体分子表面といった環境下にある水の構造と運動が、フラグメントのコンセプトの下に見通しよく説明できるのではないかと期待しています。

2007-09-14

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